ロシア帝国の最後とソ連の最後

迷ったけれど、この不思議な”私的”(←しかも、ディープなほどに私的^^)な関連について、”史的”事実を交えながら書いてみようと思う。

ロシア帝国の最後とソ連の最後

画像お借りしてます: 1892年、サンクトペテルブルクでの軍事演習に集まったロマノフ家の人々

実は、『今更ソ連ロシア旅』シリーズ(文末にリストを添付)の終盤に入る頃から、奇妙なことを感じ始めていた。

「単なる偶然だね!」で片付く話だが、単なる偶然にしては物語のように細部まで仕組まれているので、「まあ、ちょっとくらいなら、聞いても良いよ」という方は、お付き合いいただきたいお願い

1990年代日本ではスピリチュアル・ブームが巻き起こり、私もその例外にもれず一時期数々の書籍を読み、海外から来るスペシャリストのワークショップやレクチャーを受けたりもした。どんなことでも興味を持つと、飽きるまでのめり込むタイプ(^^;

そして、あるとき出会った(彼女とは今でも付き合いがある)女性からこんなことを言われたことがある。

「妹さんとの関係は大丈夫?」

「大丈夫って言うと?」

「仲は?」

「子供の頃はよくケンカしました。今は普通です」

「彼女とは、何度も何度も一緒に生まれ変わっていますよ。親子だったり、友人だったり、主従関係だったり敵対したり。それでね、ロシア時代の関係が気になったの」

「ロシアですか?」びっくり

「貴族と革命家として敵対しあう間柄だったみたい」

「私は、どちらですか?」

「サチコさんが貴族で妹さんが革命家」

「それって、ロシア革命ですか?」びっくり

「そう。でも、今仲良かったら気にすることないから」

「・・・そ、そうですよね。お話ありがとうございます」

あまりにも短い言葉のキャッチボールで、『今さらソ連ロシア旅』シリーズ終盤のクーデターに出くわしたことを書くまで脳の裏側に収まっていた。

しかし、思い出してしまったのであるガーン

私は、1991年8月19日、時の大統領ミハエル・ゴルバチョフが軟禁され、保守派勢力によってクーデターが起こされ、エリツィンが市民に抵抗するよう呼び掛け、ソ連崩壊へと繋がった、その象徴となる日にモスクワにいた

市街には戦車が待機し、暴動が起きていた。

画像お借りしてます

実は、このときの旅の中でモスクワの国立劇場の女優と出会っていた(記事にはしなかった)

そして、彼女はその1年半後の1993年になんと来日したびっくりびっくり

来日公演の舞台に立つためだった。もちろん、偶然!

東京を中心とした公演スケジュールだったが、名古屋公演もあったので一名古屋公演とツアー最終日の岐阜県での公演に出かけた。

私にとっては、その日の演目は何でも良かった。

彼女と再会することが目的だったのだから上差し

しかし、偶然にもその日の演目はどちらも『ニコライⅡ世~ロマノフ家最後の日々』というものだった。

※ロマノフ家:ロシア帝国を統治していた帝室

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『ニコライⅡ世~ロマノフ家最後の日々』は、ソ連時代(※)は上演が禁じられていた演目で、彼女が演じたのは皇女の1人だった。

※正確にはペレストロイカの恩恵を受け、上演可能となった

舞台は、1918年の夏、ウラル州首都エカテリンブルグ。

幽閉されたニコライ2世とその一家の話で、エカテリンブルクにチェコの大軍が押し寄せ、市内では暴動が発生していたという場面から始まる。

歴史が物語っているとおり、ソビエト指導部(=レーニンとされている)による命令で一家は射殺され、遺体は切られ、焼かれ、野原に埋められ、その最期に関する事実は長い間隠ぺいされた。

画像お借りしてます:ロマノフ一家が射殺された地下室

舞台の最後は、「自由になったら、あれをしよう、これをしよう」と夢を語り、舞踏会を思い出して踊っているところへ、地下室へ降りるよう命令が下り、一家がゆっくりと退場したところで、赤い壁が下りる。

「謎の言葉」をそのまま信じているわけではもちろんないが、この引き寄せは一体なんだったのか?と思わずにはいられなかった。

しばらく北欧に出かけていたのにも関わらず、8月18日クーデター前夜にモスクワに戻り8月19日クーデターが起こり外出禁止令、通行禁止令が出ている市街をタクシーで抜けてきた。

私が当時の一貴族の1人だったと仮定するなら、”自由を奪われ、最後には命までも奪われた”ソビエトが崩れゆくところを見届けたかったのだろうか?爆  笑爆  笑爆  笑 もちろん、冗談(^^;

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そして、もう一度ロシア帝国の最後を思い出すよう、モスクワで出会った女優が日本で『ニコライⅡ世』を演じるためにやってくる。

ノンフィクションにしてはできすぎていると感じるのは私だけだろうか?ガーン

冗談ついでに追記するなら、一口に貴族と言ってもピンからキリまでいる。下の写真はロマノフ家の側近たちの写真だそうだが、足元に猫がいる。

もしかしたら、私はロマノフ家にたむろする猫の一匹だったかもしれない爆  笑爆  笑爆  笑これは、ありうる~

画像お借りしてます

不思議な偶然が重なったという話は、

このくらいにして・・・

日本公演では、古典劇『桜の園』(チェーホフ作)や『皇帝ヒョードル』(トルストイ作)に加え、『ニコライ2世』が選ばれた。

国立マールイ劇場がなぜ『ニコライ2世』を上演するのかについて、演出家のボリス・モローゾフ氏は1990年10月にこう語っている。

印象的だったので、その一部をシェアして今日の締めくくりとしたい。

下矢印ここから下矢印

ペレストロイカの時代になって、1人1人の人間は単に明日のことを思うだけでなく、自分の歴史を、自分が生きている国の歴史を公正に見つめなければならなくなっている。

70年間にわたって歴史の中の多くのことが隠されてきた。

人々の生活の中には、事実とか真理という概念がなかった。

過去の体験に目を向けることなくしては明日への道はなく、真に自由で民主的な社会を生み出すことはない。

この芝居を上演するにあたって、我々は道徳性の境界がどこで破壊されたのかを検討したいと思ったのである。

その結果として我々の社会全体がデフォルメされ、今その矯正のために苦労しているのだから。

1918年の皇帝一家射殺という、犯罪としか呼びようがない事件がどうして起こったのか?

真理にかわって虚偽が君臨し始めるようなことがどうして起こったのか? 

1918年の”犯罪”を隠蔽したことと1986~88年にチェルノブイリ事故の結果を隠してきた虚偽との間には関連性がないとでもいうのであろうか? 

我々はこの芝居を上演することによって、判決を下したり評価したりすることは狙っていない。

そんなことは、観客に任せている。

我々は観客と一緒に道徳的浄化の道、真実と真理の道に内的な願望を呼び起こそうと狙ってきた。

この道なくしては、明日はないのだから。

上矢印ここまで上矢印

旧ソ連の人々の長い年月に渡る苦難、

それを乗り越えるのもまた苦難であった

ことを感じずにはいられない。

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ブルー音符

お手間でなかったら、

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この私も、女優よね~?

モスクワで出会った、女優の彼女には敵わないけどウインク

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『今さらソ連?ロシア旅』

最初から最後まで下矢印

1)その場で飲んでください!

2)無理言っているのは、どっち?

3) 出発前から面倒くさい

4) 出発前から面倒くさい2

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