今日は「今さらソ連ロシア旅」の日です
1991年8月19日、ソビエト社会主義共和国連邦(長っ!)初代大統領であり最高指導者であったゴルバチョフ大統領の失脚、ソ連崩壊へとつながる、クーデターが起きた、あの日私はモスクワにいました・・・。
”最後の最後の”ソビエト時代のロシアを旅した時のことを、『今更ソ連ロシア旅』シリーズにしています。
当時の旅手帳を紛失してしまったため、私の記憶とフォトアルバムに書き記した、一言ダイアリーを基に綴ります。記憶違いがあった場合はご容赦ください![]()
3) 出発前から面倒くさい
4) 出発前から面倒くさい2
今日は第18弾です!
全21話で完結にしようと思います。
「ソ連時代のロシアのエーッ!?」をテーマに書いてきたので、”どこそこで見た景色”や”歴史的建造物見学”のお話は近年ロシアを旅した人達にお譲りしたいと思っています。
では、今日のテーマは?
これもつかえない!
私たち日本人の基準でいったら使えないものだらけでしたが、
これ
は日本人基準でなくても使い物になりませんでした。

29年前の私![]()
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(この着こなしが1990年前後ということを物語っています(^^;)
違います!
・・・そうだったかもしれないけれど(>_<)
まったく使い物にならなかったのは、
ソ連の公衆電話です![]()
本当に見せかけだけ![]()
ツーともなんともいわないものばかりでした。
街中の公衆電話だけではありません!
なんと、空港の電話まで壊れたものばかりでした![]()
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国際空港でもですよ!?![]()
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1991年8月19日、
クーデターが起こりモスクワは大混乱に陥りました。
日本に電話を1本入れたくても、
どれもこれも使えない電話ばかり![]()
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結局Faxを備えていたオフィスのお姉ちゃんに賄賂(当時ロシアでは手に入らなかった、薄いストッキング←もちろん、新品。念のため)を渡して、その場で書いた現状報告書を日本の旅行代理店宛に送ってもらいましたもの。
やれやれ・・・
それはさておき、
さっきの公衆電話を拡大してみますね![]()

見るからに、
使えなさそうな電話機・・・![]()
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右上のスイッチは電灯をつけるためなのか
故障や緊急事態を知らせるブザーみたいなものなのか
よくわからないけれど・・・
謎の多い電話機です![]()
わざわざ使えない電話機で話しているふりをして
写真を撮ってもらったくらいですから![]()
旅手帳には電話機について何か書いた可能性が高いです。
見つからないかな![]()

謎のヴェールに包まれた旧ソ連邦
なんだかよくわからないけれど、「怖い国」と言われたソ連
私はこの国を自力で歩いて見て回りたいと思い、旅立ちました。29年前のお話です![]()
「その気持ちわかる~」と言う方も、
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