今さらソ連!?ロシア旅「ルーブルで支払いたいなら、ロシア語を話せ!」

お待たせしました、「今さらソ連ロシア旅」の日です。

・・・そんなルールはありませんが、過去5回のうち4回が月曜日に投稿されているのです

この際、月曜日を「今更ソ連ロシア旅」の日にしようかしらデレデレウインク

むらさき音符

「今更ソ連ロシア旅」って何?という方へ

1991年8月19日、ソビエト社会主義共和国連邦(長っ!)初代大統領であり最高指導者であったゴルバチョフ大統領の失脚、ソ連崩壊へとつながる、クーデターが起きた、あの日私はモスクワにいました・・・。

”最後の最後の”ソビエト時代のロシアを旅した時のことを、『今更ソ連ロシア旅』シリーズにしています。

当時の旅手帳を紛失してしまったため、私の記憶とフォトアルバムに書き記した、一言ダイアリーを基に綴ります。記憶違いがあった場合はご容赦くださいお願い

1)その場で飲んでください!

2)無理言っているのは、どっち?

3) 出発前から面倒くさい

4) 出発から面倒くさい2

5)両替はできません!

今日は第6弾です。

「ルーブルで支払いたいなら、ロシア語を話せ!」

レニングラード 1991年

1)ハバロフスク空港の両替所では「時間外です」と両替を断られ(時間外ではなかったはず)、

2)市内唯一の外国人が泊まれる宿泊施設ホテル・インツーリストでも「両替はできません」と断られ、

3)持ちルーブル0(ゼロ)、

4)どこへ行っても外貨を欲しがる国民(&国家←ホテルもレストランも国営でしたから・・・)にうんざりし、

早くハバロフスクを出たい!と切に願っていましたお願いお願い

ドルで支払い続ける限り、お金が異常な速さでなくなっていくのです滝汗滝汗

それが定価なら文句はありません!

適性価格でも、この際良いです。

しかし、国が両替させてくれない上に、どこへ行っても「5ドル!」「10ドル!」と適当に値段をつけられるので積もり積もっていい加減に怒鳴りなくもなります。

怒鳴っていないけど^^

もとい、一度怒鳴りました!(^^;

もしかしたら、二、三度怒鳴ったかもしれませんニヤニヤウインクニヒヒ

モスクワで。

あるいは、レニングラード(現サンクトペテルブルク)で。

今の私からは想像できないと思いますが(???ウインクウインク)、

若い頃は血気盛んだったのですポーンポーン

”喧嘩”の相手は、たいていタクシーの運転手でした。

10人に1人くらいはまともでしたが、残り9人の酷いこと、酷いこと。

・ 10分先の目的地に行くのに市内をぐるぐる回ってお金を稼ごうとしたり(ロシア語はわからなくても、地図は読めることをわかっていないのか?おかげで乗るべき列車に乗れず、旅が大幅に狂ったこともあるのです)

・ 乗ってすぐに給油所に寄ったり

・ 排気ガスが車内に逆流しているのとか・・・

言い出したらキリがありません!

まぁ、ロシアに限った話ではありませんが

そして、ある朝、私はついにキレたのですムキームキー

image

モスクワ郊外 1991年

乗車賃をルーブルで支払おうとしたら、言われたのです。

10ドルだ」

はぁ?

10ドルはあり得ません!

モスクワレニングラード間の片道航空チケット、ロシア人プライスが7USドル(ちなみに、外国人77USドル)だった時代ですよ??

市内をちょっと走っただけなのに、10ドルなんてあり得ません!ムキームキー

旅の始まりのハバロフスクでは散々ぼったくられましたが、もう騙されません!真顔真顔

あのときはルーブルを持っていなかったから強く出られなかったけれど、今は有り余るほどに(^_-)-☆ルーブルを持っています真顔真顔

「ルーブルで支払います!」

「〇×△□□××△×〇△□・・・・・△△××!」(ロシア語)

ルーブルで支払いたいなら、ロシア語を話せ! ←たぶん、こんな感じ

ロシア語はわかりませんが、時々聞こえてくる単語と身振りで何を言いたいのかは伝わってきます。

“Excuse me?”プンプンハッエクスキューズ・ミ―?(右上矢印) ←この斜め上向き矢印大切!

“〇×△□□××△×〇△□・・・・・△△××!”(ロシア語)

ムカつく~っムキームキー

ロシア語で返してくる!!ムキームキー

さっきまで、英語を話していたくせに!!ムキームキー

失礼極まりない!ムキームキー

“If you want US dollars, speak in English.”

(米ドルが欲しいなら、英語を話せ!)

ムカついているので、ケンカ腰の物言い爆  笑爆  笑

結局どこで折り合いをつけたのか、当時の旅日記を紛失してしまったので今となっては謎ですが、よほどムカついたらしく当時作ったアルバムに一行日記として残っていました爆  笑爆  笑

あの頃のロシアは国も国民も外貨を得るのに必死でした。

”外貨獲得政策”(正式名称は忘れました(^^;)なんていうのがあったくらいです。

強くならなければ、ソ連なんて旅できない!!

日を重ねるごとにそう思ったのでした。

あれから29年、強くならなければやっていけない国はまだまだたくさんあることを知ることになります(^^;

1991年8月、今から29年も前のお話でした~バイバイバイバイ

ソ連時代のエルミタージュ美術館

エルミタージュ国立美術館 1991年

電線がいっぱいです。そして、適当に吊るされている感じが否めない標識。

案外貴重な1枚だったりして??( ´艸`)

ピンク音符

ツアーを利用すれば楽だったと思いますが、

それは私の流儀?に反します!爆  笑爆  笑ウインク

ってことで、自力で歩きまわったソ連。

29年前のお話。

この10ドル、あなたなら支払いますか?

「いやだ!」と思う方も、「払っちゃいそう・・・」と思う方も「喜んで払ってあげる!」という方も、

下の私のアイコンをやさしくタッチ(クリック下矢印)して、このブログを、そしてこの先のソ連時代のロシア旅を応援してくださいお願いキラキラ

にほんブログ村 旅行ブログ 海外一人旅へ

ありがとうございました♥
にほんブログ村

今日も最後までおつきあいくださり、

ありがとうございましたチュー