今さらソ連!?ロシア旅「ソビエトのレストランで一人晩餐会&街中で食べたもの」

今日は「今さらソ連ロシア旅」の日ですニコニコ

1991年8月19日、ソビエト社会主義共和国連邦(長っ!)初代大統領であり最高指導者であったゴルバチョフ大統領の失脚、ソ連崩壊へとつながる、クーデターが起きた、あの日私はモスクワにいました・・・。

”最後の最後の”ソビエト時代のロシアを旅した時のことを、『今更ソ連ロシア旅』シリーズにしています。

当時の旅手帳を紛失してしまったため、私の記憶とフォトアルバムに書き記した、一言ダイアリーを基に綴ります。記憶違いがあった場合はご容赦くださいお願い

1)その場で飲んでください!

2)無理言っているのは、どっち?

3) 出発前から面倒くさい

4) 出発前から面倒くさい2

5)両替はできません!

6)ルーブルを使いたいなら、ロシア語を話せ!

7) シートベルトがちぎれています

8)ソ連人は行列が好き?ソビエト買い物事情①

9)やっぱり行列が好き( ´艸`)ソ連人の買い物事情②

10)最先端?腐敗?ソビエト買い物事情③

11)ソビエト時代の『赤の広場』

12)恋人はアメリカ人!彼女のために外貨を稼ぎます!

13)ソ連旅で私がおかした最大の失敗①

14)ソ連で私がおかした最大の失敗➁

15)ソ連で私がおかした最大の失敗③ クライマックス

16)ソ連の新婚カップルはここへ来た!

今日は第17弾です!

ソビエトのレストランで一人晩餐会&街中で食べたもの

「Нет(ニエット)」(ロシア語の”No”)

「またか・・・。結局出せるのは、どれですか?」

レストランでの典型的な会話でした。

「これとこれです」

2つしかないなら、他のメニューは線で引っ張っておくとか、×印でもつけておいてほしいんですけどえーえーえー

その日に食べられたのは、ビーフストロガノフ(のような料理)でした。

私の記憶違いでなければ、ご飯の上にのっていました。

野菜不足のソビエトでサラダがついてくるわけなどなく、1品だけがポツンとテーブルに置かれました(パンはついていたかも)

旅手帳を失くしてしまったため、毎日の食事について思い出せることはわずかですが、「ない」と断られたことが多かったことは手帳がなくても思い出せます。

「ない」「ない」づくしのレストランが多かったので、ソビエトを発つ前(北欧の友人を訪ねた後に戻ってきますが)に、行き当たりばったりでなく、ちゃんと予約をしていくタイプのレストランに行ってみることにしました。もう「ない」とは言われないよね?

予約は、ホテルの人にとってもらったのだと思います。

当時街中の電話は壊れていたし、ホテルの中に置かれていた電話も内線用だったので。

それよりも何よりも、ホテルの外に一歩出たら英語など全く通じませんでした。

今日はどんなお料理が食べられるのかしら?

わくわくしながら、レストランに行きましたが・・・

予約した時間には誰もいなく・・・

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広いレストランで唯一のお客のささやかな晩餐会が開かれたのでした。緊張するわ~。ってか、これではしきたりがまったくわからない・・・。

写真が残っていないのが残念ですが(1991年当時は、フィルムで撮る1枚1枚が貴重で、食事を撮る発想がありませんでした)、前菜はキャビアがふんだんに使われたサーモンのマリネで、細く刻まれたキャベツなどの野菜もちょこんと添えられていたのですびっくりびっくり

あれだけ他のお店ではなかったのに!!!びっくり

メインディッシュのお肉も、脂身の塊ではありませんでしたびっくり

関連記事:ロシア人専用エリアで出されたものは・・・(゚д゚)!

あるところには、あるんだ!

そうだろう、とは思っていましたが、やっぱりそうなんだ!と軽く驚いたのです。

恐らく、お客はロシア人VIPか駐在員、外国人旅行客といったところでしょう。

食事代(コース)は、ドル表記で日本と大して変わらなかったと記憶しています。

味は・・・

日本のほうが数段上でした。

時間が経つにつれ、人が増え、

さらに時間が進むと、フロアの中央部のダンスホールに人が集まり始めました。

当時のロシア(ソビエト)のレストランには、店の大小を問わず、踊ることのできる場所がありました。

(食堂のような雰囲気のところには、なかったです)

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ソビエト滞在中に食べたものの中で群を抜いて美味しかったのは、アイスクリームでした。

どこで食べても、文句なく美味しかったですキラキラ

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アイスクリーム屋さんで買うアイスクリームはもちろん、運が良いとアイスクリーム売りからアイスクリームを買うことができ、サプライズも手伝って、より美味しく感じました爆  笑

アイスクリーム売りが現れると行列ができ、あっという間に売り切れてしまうので、とりあえず並んでから「食べたいか、否か?」を考えている自分に気づいたときには、

「これが、物不足だったソ連の人々の感覚なんだ!」

と思ったものです。

「行列を見たら並べ!何の行列かは並んでから確かめろ!」

関連記事:ソビエト買い物事情

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街中のアイスクリーム屋さん

どこからともなくやってきて、突然販売が始まるのはアイスクリームだけではありませんでした。

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ピロシキ売りです!

具はソビエト基準でしたが、出来立てのピロシキをおばちゃんから手渡しで受け取るからなのか、とても美味しく感じましたニコニコ

アイスクリームほどでないにしても、売り切れるのにそんなに時間はかかりませんでした。

(並ぶ前に写真を撮る余裕があったくらいですから(^^;)

こういう場ではドルを求められることはなく、ピロシキ1つは日本人感覚でいったら、タダのような値段だったと思います。

今日は、食べたものについてまとめてみましたニコニコ

カップケーキやサンドイッチ、飲み物など、まだまだ書けることはありますが、今日はこのへんでCiao!ですウインク

ピンク音符

謎のヴェールに包まれた旧ソ連邦

なんだかよくわからないけれど、「怖い国」と言われたソ連

私はこの国を自力で歩いて見て回りたいと思い、旅立ちました。29年前のお話ですニコニコ

「その気持ちわかる~」と言う方も、

「あんた、やっぱり変わってるよ」と言う方も、

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