今さらソ連!?ロシア旅「恋人はアメリカ人!彼女のために稼ぎます!」

今日は、「今さらソ連ロシア旅」の日ですニコニコ

1991年8月19日、ソビエト社会主義共和国連邦(長っ!)初代大統領であり最高指導者であったゴルバチョフ大統領の失脚、ソ連崩壊へとつながる、クーデターが起きた、あの日私はモスクワにいました・・・。

”最後の最後の”ソビエト時代のロシアを旅した時のことを、『今更ソ連ロシア旅』シリーズにしています。

当時の旅手帳を紛失してしまったため、私の記憶とフォトアルバムに書き記した、一言ダイアリーを基に綴ります。記憶違いがあった場合はご容赦くださいお願い

1)その場で飲んでください!

2)無理言っているのは、どっち?

3) 出発前から面倒くさい

4) 出発前から面倒くさい2

5)両替はできません!

6)ルーブルを使いたいなら、ロシア語を話せ!

7) シートベルトがちぎれています

8)ソ連人は行列が好き?ソビエト買い物事情①

9)やっぱり行列が好き( ´艸`)ソ連人の買い物事情②

10)最先端?腐敗?ソビエト買い物事情③

11)ソビエト時代の『赤の広場』

今日は第12弾です!

恋人はアメリカ人!彼女のために、外貨を稼ぎます!

ロシアで最も人気がある男児の名前にイワン(イヴァン)という名前がありますが、これは過去何百年(もっと?)変わっていません。

私が初めてイワンという名前と出会ったのは、『イワンのばか』(トルストイ作)というロシア民話でした。

ここ、モスクワ(と言っても、29年前、ソ連時代のモスクワにワープ!お見せする写真も29年前のもの)のイワンと言ったら、これででょう下矢印

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『イワン大帝の鐘楼』の前に鎮座するイワン・マトーリン、ミハイル父子が作った、『鐘の王様』

イワンだらけ~爆  笑爆  笑

ソ連共産党の中枢(※)が置かれたクレムリンにあります。

現在は、ロシア連邦の大統領府、大統領官邸が置かれています

ざっくりご案内しますと・・・

「この鐘楼より高い建物を建ててはいけない!」というイワン大帝の命により、400年に渡ってモスクワ一高い建物でしたが、スターリン時代に絶たれました。

ちなみに、高さ81メートルです。

そして、その目の前にある、『鐘の王様』は、200トンポーンポーン

世界最大の鐘と言われるだけあります。大きいっ!

しかし、鐘なのになぜ地面に?

しかも、一部が欠けています。

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『鐘の王様』は18世紀の鋳造技術を粋を集めて造られたというのに、鋳造中に火災が発生し、水をかけられてしまったのですガーンガーン

鐘にはひびが入り、一部が欠けてしまいました。

ご覧の姿となってしまったのです。

そして、4人目のイワン。

彼こそが、前々回のブログの最後で登場しかけた”その男性”です。

透きとおるような青い瞳と金髪が美しい、私と同年代と思われる、イワンくんとは、赤の広場のレーニン廟に向かう長い行列に並んでいるときに、なんとなく会話が始まりました。

今となっては、会話のきっかけは思い出せませんガーン

ソビエトに来て初めて出会った流ちょうな英語を話す若者だったので、行列にひたすら並ぶ退屈さもあって、しばしお喋りに花を咲かせました。

良い暇つぶしの相手が見つかった~!!\(^o^)/

彼も、きっと同じことを考えていたはず(^^;

「これ以上は話せない」という台詞が目立ったのが気になりましたが、私は彼のおかげでソビエトという国を内側から少し知ることができたように感じています。

彼の「これ以上話せない」は、外国人に自国の”秘密”を話したことがバレるとKGBに連れていかれてしまうのか?と思い、それ以上を聞かないようにしました。

タクシーの運転手たちも「ここは進入禁止、ここは写真撮影禁止、(柵の)外から見るだけならOK」と言うことが多かったので、その秘密めいた雰囲気にはすでに慣れてしまっていました滝汗

恐ろしや~(^^;

さて、

このイワンくんには、なんと!アメリカ人の恋人がいたのですポーン

なるほど~、だから、英語が上手なんだ~

のちに彼女にも会うことになるのですが、彼女は「ソビエトに留学している」と言っていました。

ソ連人男性とアメリカ人女性のカップル???

ってか、

冷戦中のアメリカからソビエトに留学する若者がいるってこと?ポーンポーン

と驚き、

愛は、”敵国”との国境をも超えるのね?

と感動すらしたのです。

だって、あの時代ですもの。

アメリカ人の彼女を喜ばせたいのか、

彼女と釣り合いたいのか、

イワンくんは外貨稼ぎに熱心でした。

ははーん、

彼も「5ドル!」としか言わない連中の仲間か・・・!

私に売りつけてきたわけではないけれど・・・爆  笑

彼のポケットには瓶詰のキャビアが入っていて、ジャケットの内側にはいくつかのメダルや勲章(商品)が付けられていました。

いつでも、商売できるようにしているのね~

キャビアは手のひらサイズの瓶に、こんな缶の蓋がついたものでした。

当時のロシアで「キャビアはいらんかね?」と密売されていたのは、これの旧バージョンなのかもしれません。

「これ、いくらで売るの?」

「5ドル。10ドルから始めるけどさ」チョキ

「知ってる!5ドルでどうだ!って何回も声かけられたわ」

「買ってくれるの?」

「いらない」爆  笑

キャビアもメダルも勲章も興味がなかったので、「はい、終了!」となってしまいましたが、ソビエト時代のメダルや勲章なんて、買ってきていたら今頃家宝級のお宝になっていたかもしれません爆  笑爆  笑

ところで、その「キャビアの密売」ですが、前菜でキャビアを食べた、とあるレストランでは、ウェイターが「5ドルでどう?」とこっそり売ろうとしてきましたから

もちろん、お店としてでなく、ポケットからホイッと1つだけ出した”外貨稼ぎ用キャビア”ですびっくりびっくりびっくり 

世の中のメチャクチャぶりがわかりますね~

ちなみに、これらの瓶入りキャビアは当時日本を含む諸外国では100ドルを下らなかった代物です上差し

話を戻します。

イワンくんと話しているうちに、私は長蛇の列に並んでまでレーニン廟を訪れなくてもいいような気がしてきました。

当時の彼ら(ソ連人や東欧からの観光客)にとっては、一生に一度は参りたい”巡礼地”だったかもしれないけれど、軽く2時間は並ぶことになる、その時間は別のことにつかったほうが良さそうです。

「私、レーニン廟を訪れるの、やめるわ」

イワンくんとお別れし、聖ワシリー寺院へ向かったのでした。

もちろん、立ち入り禁止区間(赤の広場の大部分)に足を踏み入れることなく・・・。

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ピンク音符

ちなみに、なぜイワンくんが、この日に長蛇の列に並んでいたかというと、レーニン廟を訪ねたかった彼女のために順番待ちをしていたのでした。

ピンク音符

謎のヴェールに包まれた旧ソ連邦

なんだかよくわからないけれど、「怖い国」と言われたソ連

私はこの国を自力で歩いて見て回りたいと思い、旅立ちました。29年前のお話ですニコニコ

「その気持ちわかる~」と言う方も、

「あんた、やっぱり変わってるよ」と言う方も、

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