ヴァーラナシー(ベナレス)を発つ朝、私は再びガンガー(ガンジス川)へやってきました。
日の出を見ておきたかったのと、ボートでゆっくり川下りをしておきたかったのです。
今日は、そのときのちょっとした小話です。

ボートを漕いでくれたお兄ちゃんたち
向って左のお兄ちゃん、筋肉隆々です。
いえ、今日はそんな話をするために、この記事を書いているのではありません![]()
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私が川岸のガートで沐浴する人たちの写真を撮っている姿を見て、このお兄ちゃんたちが言ってきました。
「僕たちの写真を撮ってくれ!」
OK!と、撮ったのが上の写真でした![]()
私はすかさず「私のも撮ってくれないかしら?」とお願いしました![]()
カメラの使い方を説明して・・・
ボタンを押すだけです(^^;
にっこり~(#^^#)♡
実物以上にキレイに撮ってね~(^_-)-☆
日本に帰って出来上がった写真を見たら・・・
なんと!!
私の胴体しか写っていませんでした![]()
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しまった!
ファインダーに被写体を収めないといけないことを伝えていなかったのです!!!![]()
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あの頃(1992年)、
自分の写真が欲しくて、「写真を撮ってくれ~」と頼むインド人はたくさんいました。
しかし、どれほどの人がカメラを手にしたことがあったでしょう?
自分の写真を持っているインド人がどれほどいたでしょう?
持っていないのは、写真だけではありませんでした。
私はお兄ちゃんたちを喜ばせてあげたくて、
「できた写真は日本に帰ってから送ってあげる!住所をおしえて」
と尋ねました。
そのときの答えが衝撃的でした。
「シンデレラ・ガート」 ※シンデレラと聞こえた
「シンデレラ・ガート?それだけ?」
「そうだよ」
ガートは階段状の親水施設です。
住所ではありません。
「シンデレラ・ガートの○○と△△だからね!」

当時、道端やガートで暮らしている人達はたくさんいました。
地方都市や田舎では相当数の牛を見かけましたが、
朝早くに散歩に出かけると、牛たちが我が物顔で歩む道の端で人が眠っていました。
それも、1人や2人ではありません。
そんな光景は珍しくなかったです。
多いところでは、10メートルごとに1人、2人いるような具合でした。
野ざらしではないにしても、半畳ほどの小屋(囲いがあるだけと言ったらよいでしょうか?)で丸くなって眠っている人達もいました。
貧富の差、根強く残っていたカースト制度、生きることの厳しさ・・・
インドを旅している間に感じずにはいられなかったことが旅の終盤で思い出されました。

私はそれ以上聞けなくなってしまい、ボート代金を支払い、お別れしました。
おにいちゃんたち、ごめんね~![]()
たぶん、写真届かない![]()
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今週はリメイク記事でいくと言いながら、書いてしまいました![]()
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ヴァーラナシーのことを書いたら、発つ直前の出来事を思い出してしまったのです。
衝撃的なことだらけの1992年インドへの旅でした。
お手間でなかったら、こちらの一コマ、凶暴なレミューを手なづける私(バナナで^^)
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マダガスカルでの1コマです![]()
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