地中海に浮かぶキプロス島の北側を占めている北キプロストルコ共和国(国連加盟193ヵ国のうち192ヵ国が非承認)
北部にある港町、ギルネ(キレニア)より
昨日は、鳩ぽっぽの大群に悲鳴をあげて、
塔の説明どころではなくなってしまいましたが(^^;
(→きゃぁ~、鳩の大群だぁ!)
この塔(正確にいうと、要塞の一部です)、街を歩いていると、突然現れます![]()

北キプロスも、南キプロス同様、歴史ある建造物や遺跡が現代の町に溶け込んでいるようなところがあります![]()

この塔が建てられたのは、リュジニャン(フランク王国支配)時代(1192‐1489年)です。
敵国からの攻撃から住民を守るために要塞が建てられました。
当時はアラブの海賊が主だったとか?←記憶違いかもしれません
この絵
は、1300年頃のギルネ(キレニア)の様子です。
ギルネ城(キレニア城)内の博物館で撮影しました。
光が反射して見づらいですが
ピンクの矢印で示したものが、この塔です。
町が塀で囲まれているのがわかりますね![]()

壁は比較的薄く強度に欠けたため、後のヴェネツィア時代(1489‐1571)にやってくる砲撃戦には耐えられなかったようです![]()
崩れた塀は、住居を建てるために利用されました。
1600年頃のギルネ(キレニア)の様子が描かれた絵です![]()
オスマン帝国が支配していた頃です(1571‐1878)

ピンクの矢印で示したのが、この塔です。
たしかに!
町を囲っていた壁がなくなっています。
教会や聖堂をモスクにしたり、キャラバンサライ(隊商宿)を商業施設にするなるなど、”あるものを活かす”工夫は、こんなところにも見られるのですね。
トルコ人って、合理的なんでしょうか?

そして、現代。
細い路地に家々がびっしり建ち並んでいます。
要塞内の”どこか”です。
家々は建て直しされたかもしれませんが、こういう雰囲気は当時とそんなにかわらないのだと思います。
何百年も前の町を歩いているような気すらしました。
歴史を感じるお散歩、楽しいです![]()
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この町、石器時代までさかのぼると、こうなります![]()
楽し気に思えちゃうのは、私だけでしょうか![]()
今よりも、ずっとずっとシンプルな生活。
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野原を触ったら、その辺りにタイムスリップできるかも![]()
エッ!したくない?( ´艸`)
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