今週は過去記事をリメイクしながら、乗り切りたいと思います![]()
先々週も同じことを言いましたが、1000投稿を迎えることを知り、ちょっと頑張っちゃったのでした![]()
今、仕事が山積していることに加えて、先週11月22日に姪の1人が結婚し(世情を考え入籍のみ)、その翌日母が階段から転落(→入院→手術→金曜日に無事に終わりました!)するなど、ちょっとバタバタしています![]()
新しい記事を書いてコメント欄を閉じるか、過去記事を活用するかの選択肢で後者にしました。
今日の記事は、「いいね」が一桁だった頃のものです![]()
リメイクにはもってこいでしょ(^_-)-☆
今回、本文を加筆修正し、当時の写真を加え、UPします![]()

1993年私はドイツに留学、もとい遊学していた![]()
そんなに長い期間ではなかった。
半年くらいだろうか。

1993年10月 留学遊学先のハイデルベルクにて
そのドイツ滞在中に、無性にイタリアのポンペイを訪れたくなったことがある。
わずか数日間のことだが、寝ても覚めてもポンペイのことを考えていた。
こうなったら、行くしかない。
早速、列車を予約し、週末を指折り数えた。
学期と学期の間の休暇が始まる頃だった。
火山の噴火によって、一瞬にして埋もれてしまった古代都市―

ポンペイの想像図 Wikiより
ポンペイを訪れる前の私の知識といったら、その程度だった。
思考回路のどの部分がどのように刺激されて、「ポンペイに行きたい病」にかかったのかよくわからないが、思い立ってから4日後、私はガイドブックも持たずにポンペイの地に立っていた。

ポンペイ遺跡1993年
ポンペイはイタリア南部の都市、ナポリの南東に位置する。
ナポリから電車で1時間ほど揺られただろうか、
降り立った駅は意外に小さく、そして殺風景だった。(※1993年当時)
本当に遺跡があるのだろうか、
何かの事情で閉鎖されているのだろうか、
降りる駅を間違えたのだろうか、
不安がよぎる。
しばらく歩くと、
「ガイドブックはいらんかね」
「絵葉書はどうだい?」
「遺跡ガイドをしているんだけれど、どう?」
と引っ切りなしに人が近づいてきた。
降りる駅を間違えたのかという、私の不安は見事に晴れたが、
同時にガイドもガイドブックもなしに、この遺跡を歩いて回れるのだろうか
という新たな不安が湧き上がった。
突発的にイタリアへ来てしまったため、ポンペイに関する予備知識は無いも同然だ![]()
場内でも「ガイドはいらんかね」がしばらく続いた。
さすがに鬱陶しい。
「いらんかね」と言われれば、「いらん」と言ってしまう![]()
何も言われなければ、「ガイドしてもらえる?」と頼んだかもしれない。
「いらんかね」コールがパタリととまった頃、小柄な男性が「チャオ」と笑顔で近づいてきた。
「いらんかね」の人達とは、なんとなく雰囲気が違った。
「よかったら遺跡を案内しようか」
彼は言った。
「のんびりお散歩ができればそれでいいの」
つい答えてしまった。
「イタリアに住んでいるの?」
「そういうわけではないけれど、ガイドを必要とはしていないの」
ええいっ!こうなったら、見栄をはるしかない![]()
ガイドは喉から手が出るほど欲しいが、しつこくデートに誘ってくるガイドが多いことも経験から知っている。
やっぱり、1人で歩いて回ろう。

つづきは、また明日(^_-)-☆

こちらはペルーの空中都市![]()
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ポンペイより1400年も後の帝国インカ
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