ミステリー・ツアーが始りました。
さっちぃ空港(架空の空港)から、無事にさっちぃ航空(言うまでもなく架空の航空会社)の飛行機に乗り込みました
皆さま、行先がハイチでは前知識が少ないことと思います。
何を隠そう、私もそうでした
それなのに、現地に着いたらどうにかなるといつもの旅と同じように考えていたのです。まあ、どうにははなりましたけれど・・・
このお気楽な考えはすぐに覆されることとなりました・・・。
やばい
このときの旅について、少しお話ししますね。
2014年12月のことです。
大震災があったのが2010年1月なので、約5年後くらいですね。
あ、その前に、大切なことをお伝えするのを忘れていました
ハイチはカリブ海に浮かぶ島、エスパニョーラ島あります
ドミニカ共和国とその島を分けています。
カリブ海って聞くとワクワクませんか
うんうん
ミステリー・ツアー参加者代表として質問です!
カリブ海にあって、アメリカ大陸ではアメリカに次ぐ独立国、史上初の黒人共和国と聞くと、自由で、海がきれいな楽園のように聞こえるのですが・・・違うのですか?
・
・
確かに、海は美しいし、きれいな海岸もたくさんあります

でも、フランスからの独立が後の経済に大きく影響してしまったと思うのです。
私は歴史家ではないので詳しいことは説明できないけれど、超簡単に説明すると・・・
コロンブスによって発見され(てしまっ)たエスパニョーラ島にもともと住んでいた原住民は、絶滅の一途をたどります絶滅させられたんでしょう?
働き手がいないと困るスペインは、西アフリカから奴隷を連れてきて、主に東側で経済活動を行いました(現在のドミニカ共和国側)
そこにじわじわと入り込んできたのがフランスです
ついに1697年、エスパニョーラ島の西側3分の1をフランス領とします
サトウキビやコーヒーの栽培を行い、大儲け
と・こ・ろ・が・・
ときはフランス革命真っ只中、奴隷制度の廃止が宣言されると・・・
「俺たちも解放してくれ!」とハイチの人々は運動を起こします
誇り高い民族ですね
過酷な支配と抑圧のもとに置かれた人々が解放を目指して立ち上がり、12年にも及ぶ運動を起こすのですから。
12年後の1804年、ついに独立を勝ち取ります ヤッター
しかし、この背景には、涙なくしては語れないものがあります。
フランスに莫大な賠償金を要求されたのです。独立に賠償金??戦争でもないのに?
フランスとしては、「カリブ海の真珠」と呼んで、富を貢がせていた領地がなくなるわけですから、無理難題を押し付けたいわけです・・・
それでも、勝ち得たかった独立
そりゃそーだ!いつまでも奴隷で良いわけがない!
しかし、この賠償金の支払いが後の国発展を妨げ、苦難をもたらすことになってしまったのです。
ちなみに、賠償金っていくらくらいだったのですか
1億5000万フラン(10年分の貿易純利益に相当する額)で、これを5年間で支払え!というものです
ついでに、ハイチの港をすべての国に開放し、フランスからの船舶や商品の関税は他国の半額にしろ!という要求が
え、そんなに? その額をどうやって支払ったのですか
そう、そこが問題なんですよ。
結局、そんな額、支払えるわけがないから、フランスやアメリカから借金をして、58年かけて支払ったのです。
まあ、フランスも「しゃーないなぁ」って6000万フラン減額したんですけれどね。
まだいっぱい質問があるんですけれど・・・。
なにが、そんなにやばかったのですか
ハイチでは何を見られるのですか
気になりますよね
まずは、機内食をとって、少し休みましょう!
この旅はちょっと過酷なものになるかもしれません。今のうちにしっかりエネルギーを蓄えておいてくださいね

ハイチ北部の都市、カパイシャン

北キプロスのカルパス半島に生息する野生のロバたち。
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