タナトラジャでは、規模の違いこそあれ、毎日どこかの村でお葬式が執り行われているといっても過言ではありません。
もともと、葬儀(サダン・トラジャ族は、ランブ・ソロと呼びます)は農閑期の8月から10月に限られていたのに、なぜ現在では年中行われているのでしょうか
これは、1970年代にインドネシア政府がタナトラジャを観光地として開放したことに始まります。
開放というより、観光地「指定」という印象を受けました。
たとえば、この独特な葬儀を、外国からの観光客のために、季節を問わず行うよう指導が入ったりしたのだそうです。 政府による指導はほかにもありますが、ここでは割愛します
そして、その日時や場所は各村から県に伝達され、その情報が一般に公開される、という仕組みになっています。
にゃんと!お葬式を観光の目玉にしたということにゃん?
大げさにいうと、そういうことね。でも、地元の人にとっても、季節を待たなくても良いほうがよかったのかもしれないよ。
実は、私はタナトラジャ滞在中は著しく体調を崩していました。
叶うものなら葬儀を見学したいという希望があったので、葬儀の日以外は午前中だけガイドさんにどこかへ連れていってもらい、残りはホテルで横になっていました。帰国の際、検疫でひっかかるレベル。あはっ
そのため(?)若干記憶や記録があいまいなところがありますが、お許しくださいませ。
こんな状況だったため、今回の旅はあちこちを自由に歩きまわり、地元の人とたくさん触れ合うという、いつものスタイルではないです ゴメンナサイ
葬儀については、ガイドさんに場所、時間等を調べてもらい、事前にお供え物を用意してもらい←準備万端←自分で何もやっていないって?
、それを持参しました。
この伝統的な家屋はトンコナン(※)と呼ばれています

※西洋の研究者がこの住居を便宜上トンコナンと呼んだことが始まりですが、正式には住居がバヌア、蔵がアラン
向かって、右の小ぶりのトンコナン風の建物は、この葬儀のために建てられたものと思われます。
亡くなった方の遺影が飾ってあります。
お供え物を喪主に渡し、ご挨拶(といっても、ガイドさんがやってくれてます・・・)を済ませると、「よかったら、どうぞ」と案内されたのが、こちらでした
私は何となく気が引けてしまい、遠慮しました。
かわりに、梯子のような階段のたもとでお祈りを捧げました
その後、近親者(と思われる)が集まっている建物へ通され、お菓子やお茶をいただきました。
私のほかには西洋人のカップルがいました。
外国人ということで、一般の参列者とは違う待遇のようです(しっかりもてなしてくれている雰囲気)
クッキーやケーキなど西洋のお菓子に加えて、お饅頭やういろうのようなお菓子、ちまきのような、こんなお菓子が回ってきました

中身は、もち米と豆や雑穀。甘くて、おいしかったです
その建物から眺めた景色がこちらです

高床式のトンコナン(これらは、住居でなく蔵です)の下では、料理がふるまわれています。
降りて行ってみますね
こんな感じでした

いつもは顔出ししていますが、このときは本当に体調が悪くて・・・ほぼすっぴんだった上にグロッキーさんだったので、トマトちゃんに代わってもらいます
私もいただいちゃいました

竹筒の中に詰めて蒸し焼きにされた料理らしいです。
包みを左手で持って、右手でいただきます。
ごちそうさまでした
このあと儀式(ランブ・ソロ)が始ります。
今日はこのへんで

北キプロスのカルパス半島に生息する野生のロバたち。
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